| 「あなたの子よッ」 田舎から歌手を夢みて都会に出てきてはや1 年。やっと、デビューの時
 が来た。その晴れ舞台に、客席から
 一人の女性が花束を差し出した。
 「サンキュー」と受け取ってよく見
 ると、花束の真ん中に赤ん坊が笑っ
 ている。
 女性は「あなたの子よッ」と言って
 立ち去ろうとしている。
 歌の前奏が始まった。
 彼はうろたえた。
 田舎を出る時、将来を誓い合った二
 人だったが、都会に出てからは、新
 しい彼女ができ、音信不通になった。
 「この子はあの時の子か」
 彼は別れの夜を思い出した。
 我が子を抱いたままデビュー曲を歌
 い終えて彼女の後を追ったが、もう
 その姿は見あたらない。
 振り向くと、新しい彼女が立って
 いた。「その子、誰の子?」
 やっとつかんだスターの座がぐらぐ
 らと崩れれていくようだった。
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